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“卓球界を盛り上げて自分も強くなる” 松平賢二30歳、たどり着いたシンプルな答え

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インタビューに答える松平賢二選手

日本リーガーでもありながら昨シーズンにはTリーグ・琉球アスティーダに在籍、かつては世界卓球代表にも選ばれたこともある。これほど多様なキャリアを歩んできたのは卓球界の数いる選手の中でも松平賢二くらいだろう。今年で30歳を迎える松平は、思い切った決断をした。Tリーグ・琉球アスティーダを退団し、日本リーグの選手会を立ち上げ自ら会長に就任したのだ。

「日本リーグはもっとスポットライトを浴びていいと思うんです」と開口一番、そう繰り出す。

インタビューに答える松平賢二選手

Tリーグに先駆けること40年、大学や企業の卓球部からなる日本リーグは1977年から卓球界の縁の下を支えてきた。だが、目下、集客に苦しんでいるのも事実だ。Tリーグ発足に湧く卓球ブームを“カルチャー”として根付かせるために日本リーグにもできることを考えた。「新しいことを始めるにはまず自分たちから。イベント企画やSNSでの広報活動など選手が一人何役もしないといけない。最初はなにもないところからでしたね。」ないものねだりをしても始まらない。選手会長として奔走の日々が始まった。
最初は小さな一歩からだ。会社に何度もアプローチするうちに試合会場で自社製品を配る企画から始まった。「会場の入り口でジュースとかアルコールとかを無料で一人一本配って、みたいなところからですね。でもみんなお茶とかしか取ってくれなくて。なかなかビールを飲みながら観戦する文化がなかったので…」と振り返る。他にもチームカラーのアイテムを身につけて一体感を出したり、応援のコールを定着させたり…。その奮闘の甲斐あってか、協和キリン社員も従来の倍の人数が試合に訪れるようになった。小さな変化の波は他のチームにも及んでいる。女子のデンソーのホームマッチでは1500人と過去最高の客足を記録、スタンドはチームカラーの赤で染まった。リーグ一丸となったことで観戦文化にも徐々に変化が生まれている。

意識するのは“縦”の会社組織だけではない。選手同士の“横“の繋がりにも気を配るようになった。以前の松平は試合の前になると集中のあまり、周りから見てもわかるほどピリついていることがあった。だが、今年からは他のチームの若手とも積極的に話すようになった。「昔よりも自分のことだけじゃなくてチームのことやリーグ全体のことを考えるようになってきましたね。それに一番の若手だと20代前半の選手もいる。僕の方が10歳近くも上なのに”話しかけるなオーラ“を出してちゃダメですよね」と破顔一笑する。

卓球の内外の人と交わり、選手会長の任をこなす。多忙な日々を送りながらも2019年前期日本卓球リーグ豊田大会ではシングルスは3戦全勝とチームの主将としてきっちり結果を出してみせた。

インタビューに答える松平賢二選手

「選手会長をやってて、弱いとかっこ悪いじゃないですか。絶対にそれを言い訳にしたくないんですよ。」ふとした時に、ギラついた顔に戻る。

現在30歳、アスリートしては難しい年齢にさしかった。若手の選手層が分厚い日本卓球界では松平はベテランと言ってもいい。肉体の衰えがヒタヒタと忍び寄る。さらに私生活では、結婚し、一児の父になった。勢いそのままに突っ走ってきた20代とは何から何まで違う。それでも円熟味を増すプレーで結果を出す松平を形容する言葉は「効率」だ。

例えば筋トレ一つとっても変わった。「ウェイトで作り上げた大きいだけの筋肉じゃ卓球では通用しない。卓球にあった方法を導入して、複数の筋肉を連動させながらいかに"強い"カラダを作るか。スピード×力=パワー、これも最近の発見です」。自分にゆとりができれば視野が広がる。若手にはない知見を磨き続ける。

こうしたノウハウを惜しげなく後輩たちに伝えていく。「卓球界には他のスポーツのように決まったウェイトトレーニングはなくて、みんな我流でやっていた。でもいいトレーナーをつければ、さらに強くなれる。若手にもそれを知って、さらに高みを目指してほしいんです」。

多様なキャリアから導き出したシンプルな答え

インタビューに答える松平賢二選手

Tリーグや東京五輪など大きな節目を迎えている卓球界では多様なキャリアを歩んできた松平のような人材は貴重だ。コーチやトレーナー、果てはチーム運営など無数の道が広がっている。これから松平はどんなキャリアを描くのか。「実は今はあまり考えていなくて。選手会長としての活動と選手として強くなる。今はそこを両方頑張るしかない」。単純明快な返答だった。

卓球界を盛り上げて自分も強くなるーー。シンプルすぎる答えを出すまでには迷ったこともあった。「1、2年前の自分はやりたいことがありすぎて正直ブレていたんです」と振り返る。

シンプルに立ち返るきっかけは高木和卓選手と侯英超選手、2人の先人たちの活躍だった。
「高木和さんは団体戦の戦い方を知っている。要所をおさえるのがめちゃくちゃうまい。老練でしぶとい人。そういう人が残ってくれた方が、底上げにも絶対なる。シチズンの酒井(明日翔)や協和にいる渡辺(裕介)とか、今年の新人は勢いがあってみんな強い。でも大一番ではみんな(高木和)卓さんには勝てなかった。さらにすごいのが侯英超。39歳ですよ。木下(マイスター東京)は(水谷)隼や(張本)智和もいますけど、39歳のベテランがめちゃくちゃ目立ってました」とまくしたてた後に「でもやっぱり隼は別格だよなぁ」とポツリと漏らす。

思えば、松平は幼い頃から同学年の水谷隼選手と比べられ、背中を追ってきた。「幼少期はバチバチでしたけど、高校くらいからかな、もうすごいと思ってて。隼みたいな盛り上げ方じゃなくて、自分なりに卓球界を盛り上げていきたいんです。」水谷選手のようにテレビに出てスーパースターとして活躍する道もある。だが、かたや、選手たちをとりまとめ必死に盛り上げる道もあるのだ。

紆余曲折を経た松平、いまやるべきことはシンプルだ。

自らの強さを追求し、ときに壁として 、ときによき師として、若手を導いていく。それだけだ。

試合をしている松平賢二選手
(写真:第53回全日本社会人卓球選手権大会)

取材の後トレードマークの筋肉の話に水を向けた。

ーー少し体つきが変わったんじゃないですか?

「んー、確かに変わったかもしれないですね。今のトレーニングに変えて、筋肉が連動する感じがするんですよ。そこで、もっと強くなれるって気づいたんですよ。まだまだ気づかされることが多いですね」

そうつぶやく男の背中はまた一回り大きく見えた。

文:武田鼎(Rallys編集部)

松平賢二選手プロフィール
試合をしている松平賢二選手
所属
協和キリン
生年月日
1989年4月6日
戦型
右シェーク攻撃型
使用用具
ラケット:QUARTET VFC(カルテット)
フォアラバー:V>15Extra(エキストラ)
バックラバー:V>15Extra(エキストラ)